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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)10283号 判決

原告 国

訴訟代理人 平田昭典 鳥居康弘 ほか二名

被告 株式会社ハイカツト ほか一名

主文

一  原告と被告らとの間において、訴外大東京信用組合が昭和五〇年六月九日東京法務局昭和五〇年度金第三三〇七一号をもつて供託した金六四万六三九〇円の還付請求権を原告が有することを確認する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

二  被告株式会社ハイカット

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四九年七月三一日現在、被告フジロード工業株式会社(以下被告フジロードという。)に対し金五六〇万一四三五円の租税債権を有していた(その後原告は、被告フジロードの有する他の債権を差押え、これを取立てたことにより、原告の租税債権額は、昭和五〇年九月三〇日現在金三一九万五六四八円である。)。

2  被告フジロードは、訴外大東京信用組合(以下訴外信用組合という。)に対し、昭和四九年七月三一日現在、当座預金、普通預金、定期預金、定期積金と借入金等との債務との相殺後の別段預金二口合計金六四万一九六六円、普通預金四三六七円総計金六四万六三三三円の預金債権(以下本件預金債権という。)を有していた。

3  原告は、第一項の租税債権を徴収するため、昭和四九年七月三一日、本件預金債権を差押え、同年八月八日右債権差押通知書が訴外信用金庫に送達された結果、原告が本件預金債権の取立権を取得した。

4  訴外信用組合は、被告株式会社ハイカツト(以下被告ハイカツトという。)、被告フジロード、中野税務署長を被供託者として、昭和五〇年六月九日、東京法務局昭和五〇年度金第三三〇七一号をもつて本件預金債権に確定利息五七円を加算した金六四万六三九〇円を供託した。右供託の原因は、本件預金債権につき、

(一) 昭和四九年六月七日、東京地方裁判所から債権者を被告ハイカツトとする仮差押命令の送達を受け、

(二) 同年七月六日、被告フジロードから被告ハイカツトに債権譲渡した旨の確定日付のある通知書を受領し、

(三) 同年八月八日中野税務署長から債権差押通知書を受けたが右の債権譲渡の効力に疑義があり、債権者を確知できないというにある。

5  しかし、原告のした本件滞納処分は、被告ハイカツトの右仮差押によつて妨げられるものではなく、また、被告フジロードが訴外信用組合に対して有する本件預金債権については、譲渡禁止の特約があり、このことは、少なくとも銀行取引につき経験のある者にとつては周知の事柄であつて、商人としての被告ハイカツトが本件預金債権の譲受けに際し、訴外信用組合に対し右特約の有無を照会することなく債権を譲受けたことについては、重大な過失があったものというべく、同被告は本件債権を取得し得ないものである。

6  よつて、原告は、被告らに対し、原告と被告らの間で租税債権の差押にもとづき、訴外大東京信用組合が昭和五〇年六月九日東京法務局昭和五〇年度金第三三〇七一号をもつて供託した金六四万六三九〇円の還付請求権を原告が有することを確認する、との判決を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ハイカツト)

1  請求原因1の事実は知らない。

2  請求原因2の事実中、昭和四九年七月三一日現在、被告フジロードが訴外信用組合に預金債権を有していたことは認めるが、預金額が金六四万六三三三円であつたことは否認する。預金額は、普通預金四三六七円、別段預金六五万四四八六円、同金一万五〇八六円、出資金一六万円合計金八三万三九三九円であつた。その余の事実は知らない。

3  請求原因3の事実は知らない。

4  請求原因4の事実中、(三)の事実は知らない、「右の債権譲渡の効力に疑義があり、債権者を確知できないとして」の点は否認し、その余の事実は認める。

5  請求原因5の事実中、原告主張の譲渡禁止の特約があつたとの事実は知らない、その余は争う。被告ハイカツトは、被告フジロードより、本件預金債権の譲渡を受けるに際し、被告フジロード代表者須藤憲一より、譲渡する債権は、金融機関と被告フジロードとの間で既に清算済の残金債権であるから自由に譲渡しうるものであるとの説明を受け、また原告主張の譲渡禁止の特約の存在を知りうるいかなる証書も存在していなかつたのであるから、仮に、被告が原告主張の特約の存在を知らなかつたことにつき過失があつたとしても、重大な過失があつたとはいえない。

三  被告ハイカツトの主張

1  本件預金債権中普通預金債権以外は、別段預金(雑預金)債権であるから、譲渡禁止の特約のない債権である。すなわち、別段預金は、各種の銀行取引に伴つて生じた種々雑多の性格の預金を整理するための仮勘定であるから、特定の約款は存しないのである。しかして、訴外信用組合と被告フジロードとの間で、この別段預金債権について、譲渡禁止の特約がなされた事実はない。従つて、被告フジロードと訴外信用組合との間で、当座預金、定期預金、月掛積金及び出資金に関する契約をした際に債権譲渡禁止の特約をしたとしても、被告フジロードが右契約上有する債権と訴外信用組合の有する貸金債権とが相殺され、被告フジロードの有する相殺残債権が別段預金(雑預金)に転換された以上、かかる別段預金債権は元の預金債権と性質を異にしたものというべく、仮に債権譲渡禁止の特約が当初存在したとしても、別段預金債権には、その特約の効力は及ばないものといわなければならない。

2  本件債権譲渡禁止の特約は、専らないし主として債務者である訴外信用組合の利益を追求するためのものである。すなわち、金融機関としては、預金債権が多数存在するところから、その譲渡を自由に放置しておくと、とるべき事務手続の量が増加することになるので、右特約を設けることによつて事務手続の煩雑化回避ないし簡略化を図る利益が存するものである。そしてこのような場合の特約は悪意者にも対抗しえないと解すべきである。なぜならば、債務者である訴外信用組合は、被告フジロードの資金を預つて他に運用し、利潤を得ていることを考えれば、訴外信用組合としては、自己の利益のみを追求すべきではなく、被告フジロードの金融獲得に協力すべきであり、事務手続の煩雑化を理由にして、被告フジロードの金融を取得する利益を阻害することを許せば、訴外信用組合の有する事務手続の煩雑化回避という余りにも小きい利益を尊重し過ぎ被告フジロードと訴外信用組合とがそれぞれ追求している利益保護の権衡を失する結果となるからである。

3  被告ハイカツトが訴外信用組合に対し仮差押命令を得て送達したのは昭和四九年六月七日であり、原告が、国税徴収法第六二条により、本件預金債権を差押えたのは同年七月三一日であり、その差押通知書が第三債務者である訴外信用組合に送達されたのは同年八月八日であるが、被告は、同月七日勝訴判決を得て同年九月六日、これに基づき本件預金債権の差押・転付命令を得て第三債務者である訴外信用組合に送達した。そして、右差押・転付命令による債権取得は、被告ハイカツトが仮差押をした同年六月七日の時点まで遡及してその効力が生じたと考えるべきであるから、原告は、被告ハイカツトに対し、国税徴収法第六二条、第六七条による本件預金債権の取立権の取得を対抗できないものというべきである。

4  1で述べた本件預金債権の特殊の性質を考慮すれば、かかる本件預金債権に対する原告の差押行為は、国家権力を背景にした権利の濫用というべきである。

四  被告ハイカツトの主張に対する原告の反論

1  別段預金は、さまざまな銀行預金から生ずる保管金ではあるが、本来の預金種目で取扱うのが適当でないものを便宜上一つの項目で処理するために設けられた特殊な預金項目にすぎないのであつて、別段預金の法的性質は、個々の保管金の性質により判定すべきものである。従つて、貸付金と預金等を相殺して預金等に残金を生じた場合に、その残金を別段預金に振替えたとしても、それは、本来の預金等の性質を保有し、従前の預金等についての約定は、右の残存債権についてもなお適用されるものであるから、本件別段預金債権についても、当然に譲渡禁止の特約の効力は及ぶものである。

2  被告ハイカツトの主張2の主張は、立法論としてはとも角、現行法の解釈としては独自の見解に立つものというべく、本件において適用すべき余地は全くない。

3  被告ハイカツト主張の本件預金債権に対する仮差押によつて滞納処分が妨げられるものではない(国税徴収法第一四〇条)。本件のように、仮差押の目的物に対して滞納処分が行われたときは、仮差押は条件付に失効し、滞納処分が解除されたときにはじめて、仮差押は当初から有効となるものであるから、この点に関する被告ハイカツトの主張は失当である。

4  被告ハイカツトの主張4については争う。

五  被告フジロードは、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出しない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告ハイカツトに対する請求について

1  〈証拠省略〉によれば請求原因1、2、3の事実がそれぞれ認められる。

2  〈証拠省略〉によれば請求原因4の事実が認められる。

3〈証拠省略〉に本件弁論の全趣旨を総合すれば、被告フジロードの訴外信用組合に対する当座預金債権、普通預金債権、定期積金債権については、いずれも譲渡禁止の特約がなされていることが認められる。

次に、〈証拠省略〉によれば、被告ハイカツトは、被告フジロードに対し、約三〇〇〇万円の債権を有していたが、昭和四九年七月一日、右債権の一部の弁済にあてるため、被告フジロードから本件預金債権等の譲渡を受け、同被告は、同月四日付け内容証明郵便で、訴外信用組合に対し、その旨通知したこと、右債権譲渡の際、預金に関する証書類の授受はなされておらず、被告ハイカツトは、訴外信用組合に対し、預金債権譲渡禁止の特約の有無等について照会をするなどの措置は何らとらなかつたこと、被告ハイカツトは、三菱銀行、商工組合中央金庫、芝信用金庫等と銀行取引をしていたことが認められる。

ところで、銀行等を債務者とする各種の預金債権については一般に譲渡禁止の特約が付されて預金証書等にその旨が記載されていることはひろく知られているところであつて、このことは少なくとも銀行取引につき経験のある者にとつては周知の事柄に属するものというべきであるから、商人たる第三者が他の商人からその銀行預金債権を譲受けるにあたつては、特にかかる特約の有無、銀行等の金融機関の側で預金債権の譲渡を承諾するかどうか等について銀行等の金融機関に照会する取引上の注意義務が存すると解するのを相当とする。

これを本件についてみるに、右認定の事実によると、被告ハイカツトは、各種の銀行等と取引関係がありながら、前記預金債権を譲受けるに当たり、当該預金に関する証書類が存在しないにかかわらず、訴外信用組合に対し預金債権譲渡禁止の特約の有無等につき照会する措置を何らとつていないのであつて、被告ハイカツトが本件預金債権についての譲渡禁止の特約の存在を知らなかつたとしても、本件預金債権の譲受けに当たり前記取引上の注意義務を著しく怠つたものであり、重大な過失があるものといわなければならない。なお、被告ハイカツト代表者は、本件預金債権譲受けに当たり、被告フジロード代表者が譲渡禁止の特約の存在を告げなかつた旨供述するが、その一事を以て右判断を左右することはできない。

この点に関し、被告ハイカツトは、本件預金債権中普通預金債権以外は、別段預金(雑預金)債権であり、これについては譲渡禁止の特約がなく、被告フジロードと訴外信用組合との間で、当座預金債権等につき譲渡禁止の特約をしたとしても、別段預金債権は元の預金債権と性質を異にするから、別段預金債権には元の預金債権についての譲渡禁止の特約の効力は及ばない旨主張する。

本件預金債権中、普通預金債権四三六七円以外が別段預金債権であることは当事者間に争いのないところである。しかし、別段預金は、さまざまな銀行預金から生ずる保管金で、本来の預金種目で取扱うのが適当でないものを便宜上一つの項目で処理するために設けられた特殊な預金項目にすぎないのであつて、別段預金の法的性質は個々の保管金の性質により判定すべきものであるところ、貸付金と預金等を相殺して預金等に残金を生じた場合に、その残金を別段預金に振替えたとしても、それは、本来の預金等の性質を保有し、従前の預金等についての約定は、右の残存債権についてもなお適用されるものであり、本件別段預金債権についても当然に譲渡禁止の特約の効力は及ぶものと解すべきである。従つて、この点に関する被告ハイカツトの主張は採用できない。

また、被告ハイカツトは、本件債権譲渡禁止の特約は、専らないし主として債務者である訴外信用組合の利益を追求するものであり、このような特約は悪意の譲受人にも対抗し得ない旨縷々主張するけれども、右の主張は、立法論としてはとも角、現行法の解釈としては独自の見解に立つものであり、採用の限りではない。

従つて、被告ハイカツトは、悪意の譲受人と同様、譲渡によつてその債権を取得しえないものというべきである。

4  また、被告ハイカツトは、その主張の差押・転付命令による債権の取得は、仮差押をした時点まで遡及してその効力が生じたと考えるべきであるから原告は、被告ハイカツトに対し、本件預金債権の取立権の取得を対抗できないもののというべきである旨主張するが、本件預金債権に対する仮差押により滞納処分が妨げられるものでないことは、国税徴収法第一四〇条により明かであり、仮差押に係る本件預金債権に対し、本件滞納処分が行われたことにより、仮差押は、本件滞納処分の解除・取消を解除条件として、効力を失なつたものと解するを相当とするから、被告ハイカツトの右主張は採用できない。

5  被告ハイカツトの権利濫用の主張もこれを認めるに足る証拠はなく、採用できない。

6  以上の次第であるから、原告の被告ハイカツトに対する請求は理由がある。

二  被告フジロードに対する請求について

請求原因事実は被告フジロードの明かに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

右の事実によれば、原告の被告フジロードに対する請求は理由がある。

三  よつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口繁)

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